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現代SF小説の最高峰「ディアスポラ」ソフトウェア化した人類の旅路 [SF小説]

タイトル:ディアスポラ(ハヤカワ文庫SF・2005年)
原題:Diaspora(1997年)
グレッグ・イーガン(Greg Egan)

あらすじ


西暦2975年、人類は地上に住む肉体人と、ロボットの体を持つグレイズナー、そしてソフトウェアの世界に生きる人間の三つの形態に分かれていた。
ヤチマはソフトウェアの中で“孤児”として生まれ、ポリスと呼ばれる仮想現実都市で生活し、様々な知識を身につけていく。

あるときトカゲ座G-1の二つの中性子星が衝突し、地球に強烈なガンマ線が降り注ぐことがわかった。それは人類の持つ天文学の知識ではありえない現象だった。
ヤチマは肉体人にそれを知らせるべく友人のイノシロウとともにソフトウェアの世界から地上に降り立つ。そして宇宙で起こっている自分たちのあずかり知らぬ事象を探るため、広大な宇宙へと旅立つのだった。

評価


★★★★★

感想


前回の投稿から一年余、小説に関するものについてはじつに五年ぶりの投稿になる。
この間多くのSF小説を読んだにも関わらず、書くのが面倒でこのブログを放置してしまった。
やっぱり読んでから時間がたつと細かい内容を忘れちゃうから読後すぐに簡単な感想でもいいから書いておくべきだったんだよなあ。でもあらすじを書くのが億劫で……まあ書いたとこで誰が読むってわけでもないか……いやそういうことではなく……

と反省は置いておいて、今回取り上げる作品はグレッグ・イーガンの「ディアスポラ」。イーガンは誰もが認める現代ハードSFのトップランナーで、個人的にも一、二を争うほどに好きな作家だ。

イーガンは現代科学に造詣が深く、荒唐無稽に思えるような舞台設定でもそこにはちゃんと科学的な裏づけ(あるいはそこから発展した推測に基づくもの)がある(まあハードSFとはそういうものではあるが)。それゆえイーガン=難解というふうにもとられがちである。
そんなイーガンの小説の中でも、最も取っつきにくいと思われているのが本書だ。その序盤の一節を引用してみよう。

知性をもつ存在が同じ情報を観察していたら、こんな光景を思い浮かべただろう──フィールドが読みとられて反応し、その影響がネットワークからネットワークへ広がるのにあわせて、噛みあう繊細な千のフラクタルが、もつれあう、羽毛状の、無重力下で作られた結晶のように、どんどん細くなくる枝を送りだして子宮を縦横に刻みつけていく光景を。

はい、なにを言っているかわかりません(笑 でもこんなのはなんとなくふわっとしたイメージでとらえるだけで完全に理解する必要はない。イーガンの小説を一字一句理解しようとしたらいつまでたっても読み終わらないのは確実だからだ。なんとなくわかったようなふりをして読み進める、これがイーガン小説の正しい読み方といえる。

ちなみにこの一節は、ソフトウェアの世界で新しい人格を生み出す際のプロセスに関するものだ。ソフトウェアの世界でも親という概念は存在し、それらの性質を引き継いだ人間(といっていいかわからないが)が誕生する。主人公のヤチマは親のいない“孤児”として生み出されたが、これはおそらく元になる人格が存在しない無からの誕生のプロセスを詳細に解説するためだと思われる。

話をストーリーに戻すと、あらすじにも書いたが、この物語には肉体人、グレイズナー、ソフトウェア人間という三つの形態の人類が登場する。凡百の小説ならこの三者が争う展開になるのだろうが、イーガンはそんな小さな世界の話にはしない。価値観の大きく異なる彼らは互いに反目しあってはいるが、相手を積極的に打ち負かそうなどとは考えていない。グレイズナーにいたっては宇宙へと旅立ったのですでに地球にいさえしないのだ。

この先はざっくりとしたストーリー展開を記しているので、まっさらな状態でディアスポラを楽しみたいという方は読み進めないほうがいいかもしれない。もっともイーガンの小説は、普通の小説のように物語の展開やオチを楽しむというものともちょっと違うので、個人的にはあまり気にしなくてもいいと思うが。

ストーリーの前半は、ヤチマたちが地球に迫る脅威から肉体人を救おうとする展開がメインだが、後半から一気に壮大になっていく。
ソフトウェア人類たちは、自分たちが宇宙について知っていることがあまりに限定的だということに気づき、その答えを求めるために宇宙へと進出することを決める。

その方法として、核融合推進の宇宙船に乗っていったグレイズナーとは異なり、よりエレガントにワームホールを使った方法にしようと実験を進めるのだが(もちろんその方法も詳細に記述されている)、800年(!)かけたその実験は頓挫する。
結局彼らは宇宙船を造り通常の宇宙空間を進んでいくことを決めるのだが、もちろんひとつの宇宙船に覚悟を決めた人類が乗り込む、なんてものではない。ソフトウェアである彼らは千のクローンを作って千の船で宇宙に散っていく。

訪れた星々で宇宙の驚異を目の当たりにしたヤチマたちは、とある星で彼らよりずっと進んだ知性体“トランスミューター”の存在に気づく。そして彼らの“遺産”を使いさらなる宇宙の深遠へと歩を進める。
ついにトカゲ座G-1になにが起こったかを理解したヤチマは、さらにトランスミューターの存在について知ろうと、その影を追って進んでいく。そしてすべての謎が明らかになったとき、ヤチマは時間も空間も地球から遥か遠く離れた地点にいるのであった。

以上がディアスポラの大筋だが、ラストにトランスミューターが造り上げた想像を超える“なにか”がわかったときの、大きく息をつくような大団円感がすばらしい。その後のヤチマと仲間が選んだそれぞれの道も、非常に考えさせられるものがある。

また、この物語に登場する三つの形態の人類を通して、人間の進むべき方向、また人間とは、生きるとはどういうことなのかということについても思い巡らされる。肉体にこだわる者、不老不死のため肉体を捨てるが世界との物理的なつながりを保つべくロボットの体を選ぶ者、ソフトウェアの世界に住み知的好奇心を追求する者、それぞれが信念を持って生きている。

現代SFの最高峰、またイーガンの神髄や魅力を最も表しているといっても過言ではないこのディアスポラ、みなさんにもぜひ手にとっていただきたいです。


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